近年、若者の”保守化”が進んでいるといわれる。果たして、これは本当なのだろうか?
今回は、Z世代のホンネを探るべく、若者の保守化とリベラルの衰退について考察していきたい。
なお、本記事は若者の思考を分析することを主旨としており、その善悪や特定の思想を推奨するものではないことを、あらかじめ申し上げておきたい。
若者の保守化は本当か?
そもそも、なぜ日本の若者は”保守化”していると言われるのか?
それは主に、以下のような理由があると考えられる。
- 若年層は保守的な政党・団体への支持が高い傾向にあること
- 政治・経済的テーマについて、若年層は右派的な主張を支持する傾向にあること
- 過度なグローバリズム、行き過ぎた平等政策への批判的な姿勢
- かつての学生運動のような、目立った反政府運動が起きないこと
こうしてみると、確かに若者の保守化は進んでいるように見える。国内においてリベラル派は埋没し、現代の若者に受け入れられていないとみる有識者もいる。

世界的にもリベラルは、かつてのような勢いがないね。
だが筆者は、若者の保守化というのは、あくまでも断片的な見方に過ぎないと考えている。
それどころか、若者の思考にはリベラル的理念が根付いているとさえ考えられる。どういうことか、具体的にみていこう。
「理念」としてのリベラル、「手段」としてのリアリズム
若者の保守化・右傾化が指摘される中、若者は決してリベラル的思考を捨て去ったわけではない。
というのも、若者こそ「自由」や「平等」を重んじる傾向が強く、リベラル的思考に親和性が高いといえるからだ。以下のようなテーマを積極的に肯定し推進しているのは、若者自身なのである。
- ワークライフバランスの推進
- SNSを通じた表現の自由の積極的行使
- 多様化した家族観の受容(シングル・DINKSの普遍化)
- 日本の刑事手続きへの批判(長期勾留・冤罪問題への批判)
- いじめ・ハラスメント問題(人権問題)への意識の高さ
これらは、従来よりリベラル勢力が主張してきたことそのものである。若者はこうした価値観に共感し、自身の思考や行動に取り入れようとしている。
これこそ、若者の思考の根底に「リベラル的価値観」が浸透していることの表れだ。
では、それにもかかわらず、なぜ若者は保守化・右傾化していると言われるのか?
その所以は、実現手段において「極めて現実主義的」であることに起因すると思われる。すなわち、リベラル的理念を実現する手段として若者が選択したのは、実にリアリズム的な手法であったということだ。
例えば、「日本の国家観」と「防衛」への考え方についてみてみるとわかりやすいだろう。
日本は、国民一人ひとりに基本的人権が保障された自由主義国家だ。こうした自由・平等・人権といったリベラル的理念を若者は強く支持し、戦前のような全体主義的国家観には否定的である。
だが、それを実現する手段において、若者はびっくりするほど現実主義的だ。日本という自由な国家を守るためには、「軍備を増強して、敵対勢力に対抗できるほどの実力をつける必要がある」という、リアリズム的手法を主張する。
これは、現代の若者における興味深い特徴の一つといえるだろう。従来の右派vs左派という構図を乗り越え、「理想主義」の理念と「現実的な」手段という、両派の主張が融合した独自の価値観を創り出したのだ。
なぜ、リアリズム的手段をとるのか
では、若者はリベラル的理念を実現するために、なぜこれほどまでに「リアリズム的手段」をとりたがるのだろうか。
これには、大きく2つの要因があると考えられる。
SNS・ネットメディアの台頭
SNSやネットメディアの登場により、情報が供給過多となる現代。限られた時間で、効率よく情報を収集することが求められる。
そこで若者の間で広く支持を集めたのが「コスパ」や「タイパ」といった、合理主義的な価値観だ。こうした価値観においては、かけたコストや労力、時間に対して、相応のパフォーマンスが得られるかが最も重視される。
若者の世論においても同様だ。限られた時間で説得力のある主張をできるかどうかが、若者の支持に大きく影響を与えることとなる。実際、ショート動画・切り抜き動画が若年層の投票行動に影響を与え、選挙結果を動かした事例もある。
逆に言えば、理想論的・理念的な手段を用いることに対して若者の共感を得にくく、左派勢力にとっては、若年層の支持が広がらない結果となっているのだ。
社会の停滞と脅威の拡大
将来に希望が持てないと考える若者は多い。
実際、内閣府の「我が国と諸外国の若者の意識に対する調査」(平成25年度)によれば、「将来に希望がある」と答えた日本の若者は61.6%。米・スウェーデンの9割以上、英・仏・独の8割以上と比較しても、かなり低い数値だ。
自分自身の将来への不安に加え、少子高齢化や社会保障制度といった国や社会全体への不信感が高まっていることの表れでもある。
そのような状況下にもかかわらず、現実味のない政策のパフォーマンスに終始し、本気で実現させようという姿勢が見られない左派に、若者が期待をしないのも当然だ。
もちろん、自由・平等・人権といったリベラル的理念に、若者が強く共感しているというのは前述のとおりだ。だが、国内経済の停滞や、近隣諸国による主権侵害の危機が明白に迫りつつある中、左派の手法には具体性・実現性がなく、その手段において説得力に欠けるものと言わざるを得ない。
要するに筆者の結論としては、決して若者は保守化しているわけではないということである。リベラル的理念を追い求めた結果、それを実現する現実的な手段として若者に支持されたのが、保守的な勢力だったのだ。
私たちが決める、日本の未来
今回は、若者の保守化は進んでいるのか?というテーマでZ世代のホンネを考察した。
興味深いのは、若者は率先して「自由」や「平等」を重んじるリベラル的な主張を支持していながらも、その実現手段は極めて「現実主義的」である点だ。これは、”結果的に”保守勢力の支持を拡大させることとなり、リベラル勢力の失速に繋がった。
逆説的にいえば、リベラル勢力は、より現実主義的で説得力のある主張を展開できれば、再び若者の共感を得て、その地位を復権できるかもしれないということだ。
今後、各勢力がどのような主張をし、どのように若者の共感を集めていくのか。どのような政策が推進されていくべきなのか。
一人ひとりが自分の目で見て考え、投票行動に移すことが、民主主義国家に与えられた国民の責務といえるだろう。

